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私はかってI社のメインフレーム上で動くエディタを使って、本を丸々一冊書いたことがある。 はっきり言って苦痛だった。
それだけは断言できる。 オフィスで実際に働く人々は、一行ずつ手紙を書いたり定型文書を仕上げたりするようなことはしないし、前に戻ってすでに書いた部分を訂正することもよくある、とエンゲルバートは考えた。
彼らは行単位ではなく、ページ単位で手紙や文書を考えるはずだ。 また、ペンやタイプライタを使った場合には紙を上下にスクロールさせて、ペン先やタイプライタの印字位置をページのどの場所にでも移動できる。
メタファースクリーン上のどの場所でも自由に編集できる端末を開発することによって、この「ページ概念」をコンピュータに導入しよう、とエンゲルバートは考えたのである。 これを実現するには画面イメージ全体が端末のメモリに保持されている必要があるから、端末自体がなんらかのインテリジェント機能を持たなければならない。
行単位でしか編集できない従来の端末と比べて、はるかに柔軟にスクリーンを管理する必要もある。 しかもスクリーンは数千個の点で構成され、それぞれの点を別々に点滅できるようにしなければならないのだ。
そのためにも、インテリジェント機能は必要だった。 「ビットマップ」と呼ばれる点単位でスクリーンを制御する新しい技術には、画面上を動き回る手段も必要だった。
そこでエンゲルバートは、彼が「マウス」と名づけた装置を使うことにした。 彼が考案備えられている。
したマウスはタバコの箱程度の大きさで、端末とはケーブルで結ばれている。 そして端末の横にある机の上を転がすことができるように、底に車輪がついていた。

マウスを動かすと、それに合わせて画面上のカーソルも動くようになっているのである。 エンゲルバートの研究を出発点として、PARCの研究者たちはさらに先進的なネットワーク化されたコンピュータシステムのプロトタイプの製作にとりかかった。
操作をより簡単にし、機能をより強力なものにするために、このシステムには、マウス、ページエディタ、ビットマップ・スクリーンなどが1970年代を通じて、XEPARCのコンピュータ科学研究室(CSL)はコンピュータの研究では常に世界最高の場所だった。 PARCの研究者たちは世界初の高速コンピュータネットワークや世界初のレーザープリンタを発明し、直観的に認識できるグラフィック表示方式のディスプレイを持つ世界初の操作が簡単なコンピュータを考案した。
XEの「アルト」は、当時としては最も洗練されたワークステーションだったのだ。 アルトにはネットワーク機能が組み込まれ、白地に文字が黒で表示されるビットマップ・スクリーンやマウス、ハードディスクを備えている。
それでいて外観が映画『スター・ウォーズ』に登場するR2D2に似たこのコンピュータは、机の下に納まる程度の大きさしかない。 もっとも、この時代にワークステーションと呼べるものは、アルト以外にはなかったのも事実である。
PARCが開発したほかの先進的技術同様にアルトも驚くほどすばらしいものだったが、製品ではなかった。 製品化するとなると信頼性、生産性、市場性や収益性といった問題がつきまとうから、開発にはもっと長い時間がかかる。

しかしPARCの頭脳明噺な連中が、そうした問題を考えることはまずない。 それに、XEPARCが作ったコンピュータを買う人間がいるとも思えなかった。
XEPARCのことを書いた、『手探りの未来』というすばらしい本がある。 この本にこんなことが書かれていた。
「PARCのバトラー・ランプソンとチャック・タッカーは、1972年から1973年にかけてアルトを設計・製作した。 このとき、彼らは史上初のパーソナルコンピュータを発明しようとしていたのだ。
ところがXEはこれを製品化しないことに決め、来たるべきパーソナルコンピュータ革命で主導権を握ることを放棄したのである」この結論は間違っている。 1973年の時点で、アルトは組み立てるのに必要な部品代だけでも一万ドルかかった。
つまり小売価格を最低でも2万5000ドルにしないと、XEはアルトを売っても利益を出せないのである。 もう一度言うが、これはあくまで1973年時点での話だ。
ニ年後にようやくパーソナルコンピュータが登場したとき、その価格帯は3000ドル前後だった。 それを考えたらアルトはあまりにも高価すぎる。
とてもではないが、パーソナルコンピュータとはアルトには圧倒的魅力を持つアプリケーションがなかった。 潜在ユーザーがオフィスを飛び出し、通りを走り抜け、XEのショールームに飛び込んでアルトを買うような、魅力あるアプリケーションがなかったのである。
ビジカルクもなければ、ビジカルクが持っている機能の何一つとして備えていない。 XEは、スプレッドシートのアイデアを考えてみたこともなかった。

当時、PARCの研究者だったピーター・ドイチェは、彼が「スパイダー」と名づけたプログラムについて書いている。 これは、たとえば1989年の年間売上といった複数の書類に現れる値を、すべて関連づけて処理するプログラムだ。
どこか一カ所の値を変えると、スパイダーは関連している場所の値をすべて変更してくれるのである。 スパイダーはスプレッドシートに似ているが、行と列のマス目はなかった。
また、値を関連づけて定量的な問題を解くのに利用しようという、明確な目的があったわけでもなかった。 スパイダーはピジカルクではないのである。
XEがアルトの扱いに関して何かミスを犯したとすれば、それはもう少しでアルトを発売しそうになったことだろう。 PARCのテッキーたちはアルトが最高のワークステーションであることは知っていたが、価格設定とアプリケーションの配布については何も考えていなかった。
XEが安易にアルトの販売を考えるようになると、開発者たちの頭からは即座にあらゆる疑いが消え、これが商用システムだと思い込んでしまったのである。 XEの社長デイブ・CはPARCにしばしば顔を見せるようになり、研究者たちの話にうなずいてまわったが、どういうわけか肝心の小切手だけは一度も書かなかった。
アルトの発売に関してXEの態度は二転三転し、PARCの技術者たちはこの問題から疎外されるようになった。 だが技術者たちは、このシステムがなぜ発売されないのかまったく理解できなかった。
彼らには、CとXEがゴールドラッシュの引き金となった金鉱、サッターズ・ミルの持ち主のように見えたのだ。 金鉱の持ち主は川で砂金を見つけたにもかかわらず、金鉱を探すつもりはなかったからという理由で、金の採掘をせずにマンションを建設しようとしている。
彼らの目にはそう映ったのである。 イーサネットにも、純粋なアカデミズム、言い換えればアマチュアリズムが見られた。

PARCの全コンピュータをネットワークで結ぶ技術は、B・Mが率いるチームによって1973年に開発されたものだ。 Mのグループは、何台ものコンピュータやプリンタ間の通信速度を上げる方法を探していた。
コンピュータもプリンタもそれ自体の処理速度は速くなっていたから、プリントに時間がかかる原因はそのどちらにもなかった。 問題は、二つのマシンをつなぐケーブルにあったのである。

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